ビジネスモデルはなぜ1990年代にキーワードになったのか:デル、プレイステーションからトヨタ、ソフトバンクまで
この言葉の流行そのものが、変化の加速を物語っている
「ビジネスモデル」という概念は、一般には1990年代以降に少しずつ形づくられ、広まっていったと考えられています。それが真剣に議論され始めたのは、とても具体的な文脈でした。インターネットが普及したあと、既存の小売産業がどう変わるのか、という文脈です。
インターネットによって、産業構造の変化のスピードはそれまでよりずっと速くなりました。数年前まで使えていたやり方が、数年後も有効なのかを検証し直す必要が出てきます。こうした不確実性の中で、「ビジネスモデル」は議論せざるを得ないものになりました。つまりこの言葉が重要になったのは、はやっていたからではなく、外部環境の変化が速く、古い手法がいつ無効になってもおかしくないからです。
日本の経済メディアは、この言葉を最初にどう使ったか
日本の経済メディアを振り返ると、とても興味深い細部が見えてきます。
『日本経済新聞』が「ビジネスモデル」という言葉を本格的に使い始めたのは、1995年頃。はっきりと確認できる最初の例は、デル・テクノロジーズに関連した記事です。それまで、パソコンは家電量販店や代理店を通して売るのが当たり前でした。デルはそこに二つの武器で急成長しました。法人向けの直販と、低価格の受注生産です。創業者のマイケル・デルはインタビューで自社を「ユニークなビジネスモデル」と語っており、その言葉が当時の紙面に残っています。
もう一つ明確に確認できるのが、1997年8月の特集記事です。ソニーグループのソニー・コンピュータエンタテインメントが任天堂に対抗し、初代プレイステーションをどう成功させたかを論じる中で、「任天堂の既存のビジネスモデルを否定したPSの戦略」という表現が使われています。
さらにその後、世界を席巻した日本の半導体産業が米国や台湾の勢力の追撃を受け、「既存のビジネスモデルが通用しない」という文脈でも、この言葉は登場します。
『日本経済新聞』にせよ『週刊東洋経済』にせよ、IT業界の周辺で「ビジネスモデル」が最初に使われている——この点はとても示唆的です。
トヨタがスーパーマーケットから学んだこと
先行事例を研究して真似する、と聞くとネガティブな印象を受けますが、決してそんなことはありません。
井上達彦氏は『模倣の経営学——偉大なる会社はマネから生まれる』の中で、トヨタ自動車を例に挙げています。書名の「マネ」はお金(money)ではなく「真似」、つまり模倣のことです。トヨタを世界一に押し上げたのは、無駄を徹底的に省くトヨタ生産方式でした。
トヨタの大野耐一氏は『トヨタ生産方式』の中で、この仕組みがジャストインタイムと「自働化」という二本の柱で成り立っていると説明しています。
ジャストインタイムとは、「必要なものを、必要なときに、必要なだけ」ということ。そして「自働化」——人偏のついた「働」を使うこの言葉は、機械に異常が起きたら自動で止まり、人が機械を見張り続けなくてもよい、つまり省力化できることを指します。
従来の生産方式は「押し出し」
ジャストインタイムがなぜ重要か理解するには、まず従来方式の問題を見る必要があります。自動車の生産は、当時も今も、鋼材を加工するプレス、部品をつなぎ合わせる溶接、塗装、部品やエンジンなどの組み立て、そして検査という工程を経て行われます。
従来の生産方式は「押し出し方式」でした。前工程が生産計画に沿って鋼材を加工し部品をつくり、それを後工程に供給し、後工程が塗装や組み立てを行う。しかし途中では不良品や手直し、設備故障が起きるため、生産計画は常に変わります。
もし塗装の工程で不具合が起きれば、後ろの組み立て部門は部品が足りずにラインが止まります。一方、計画に沿って鋼材を部品にし続ける上流の部門では、不要不急の在庫が積み上がっていきます。これを続ければ生産効率は悪化し、業績にも悪影響が出ます。
流れを逆転させる:引っ張り方式
大野耐一氏はジャストインタイムを構想するにあたり、この流れをまるごと逆転させました。前工程が後工程へ押し出すのではなく、後工程が、必要なときに必要な分だけ前工程から引き取る。つまり、最終組み立てラインで使った部品の情報を前工程に渡し、前工程は引き取られた分だけをつくる、という方式に変えたのです。
これなら、後工程が必要な分だけ前工程が部品をつくるので、無駄な在庫も管理の手間も減らせます。
ヒントは米国のスーパーマーケットにありました。大野氏は著書の中で、米国のスーパーマーケットに「必要なものを必要なときに必要なだけ買う」仕組みがあると知り、引っ張り方式の発想を得たと書いています。スーパーに行けば、実にさまざまな食品が並んでいて、今日必要なものを必要なだけ、一か所で買いそろえられます。自動車の生産工程も同じで、後工程が必要なときに必要な部品だけを前工程から取れば、後工程にとって無駄がありません。
もちろん、ジャストインタイムを実現するのは簡単ではありません。生産の平準化や、看板のように情報をやり取りする仕込みが欠かせず、自社の主力工場だけでも10年かかり、取引先に広げるにはさらに時間が必要でした。
今では当たり前に思えるかもしれませんが、大野耐一氏がスーパーマーケットを手本にこの生産方式に取り組み始めたのは、昭和20年代の後半、つまり1950年から1955年頃のことです。日本でスーパーマーケット業者が相次いで創業するのは1956年、1957年のことでしたから、当時は近代的なスーパーどころか、近所の八百屋や魚屋で買い物をするのが普通でした。大野氏は米国のスーパーマーケットの存在を人づてに聞き、さまざまな手法を経験する中で、自社の生産ライン改革に応用したのです。
フォードの量産方式は米国では最適、日本では過剰
現代の自動車産業の根幹をなす、流れ作業による大量生産を築いたのは米国のフォード・モーターです。この手法は米国では最適だったかもしれませんが、日本には過剰でした。
統計の取り方にもよりますが、1950年代前半、米国の自動車生産台数は約500万台に達していたのに対し、日本は数万台にすぎず、その差は100倍以上ありました。だからこそトヨタは、少量多品種の日本市場に合わせるため、フォード式のベルトコンベア、つまり押し出し方式ではなく、スーパーマーケットで買い物をするように「必要なものを必要なだけ取りに行く」ジャストインタイムの引っ張り方式へと、発想を切り替えました。
トヨタはフォードの生産システムを模倣しながら、手本から原理原則を学び、実践の中で生まれる矛盾を解消しながら仕組みを整え、最終的にライバルが模倣しにくい体制を築き上げました。模倣から生まれた仕組みであっても、オリジナルの域にまで到達する——そこが本当にすごいところです。
孫正義の「タイムマシン経営」
もう一つの例が、ソフトバンクグループの孫正義氏による「タイムマシン経営」です。米国など海外の先進事例を日本に取り入れ、さらに世界各地へ広げることで、利益を最大化する手法です。
具体的には、まずソフトバンクの米国子会社が有望な企業に投資し、成功しそうならさらに資金を投じ、ナスダック上場まで支えます。ここで最初の含み益が生まれます。次に、日本や欧州で合弁会社を設立し、このビジネスモデルを導入したり、上場させたりして利益を得る、というものです。
この手法の起点は、米国ヤフーへの投資でした。1995年、孫氏はスタンフォード大学の学生が創業したヤフーに出資します。その後ヤフーの株価が急上昇し、当時のソフトバンクに1兆円近い利益をもたらしただけでなく、合弁で設立したヤフー・ジャパン、つまり現在のLINEヤフーという時価総額3兆円の大手IT企業を生み出しました。
LINEヤフーは、ポータルサイトや検索サービス、EC、オークション、QRコード、PayPayといった事業を通じて、海外の先進事例を日本に導入しながら業績を伸ばしてきました。さらに孫氏は、中国のアリババグループや英国のARMなど、世界の有力企業に投資し、莫大な利益を上げています。シェアオフィスのWeWorkなどでは巨額の損失を計上したこともありますが、優れた投資家であることに変わりはありません。
ビジネスモデルの見方に、唯一の正解はない
最後に、ビジネスモデルをどの切り口で見るかに、正解はありません。
経営者が自社について語った本なら、事業をどうつくったのか、差別化の要因は何かという成り立ちが詳しく書かれているかもしれません。コンサルタントが書いた本なら、業界特有の競争環境や事業構成を詳しく解説しているでしょう。近年は、会計士が貸借対照表(BS)や損益計算書(PL)からビジネスモデルを読み解く本も人気を集めています。いずれも、さまざまな側面からビジネスモデルを説明したものです。
本書『もうけの仕組み』は、会社四季報業界地図編集部の編、井上達彦氏の監修によるもので、「ビジネスモデルの定義」と「取引」というフレームワークに沿い、さまざまな取引関係を9つのモデルとして捉えます。会社四季報の取材で培った視点と、会社四季報業界地図の図解ノウハウを駆使して、注目業界と、その業界がどう儲けているのかという仕組みを解説していきます。この「取引」に関するフレームワークは、できる限り適切に定義され、誰でも自由に使えるようにつくられています。
以上が全体の概要です。ここからは、事例を一つずつ見ながら、儲けの仕組みを学んでいきましょう。

